カテゴリ:ルカによる福音書



『お言葉どおりに』ルカによる福音書1章26~38節
礼拝メッセージ · 2022/12/11
昨日、めぐみ幼稚園のクリスマスページェントが行われました。初めに登場するのはマリア。イエス様の母となった女性です。女性といっても、まだ10代の少女であったようです。そのマリアは天使ガブリエルのお告げに対して「お言葉どおり、この身になりますように」(ルカによる福音書1章38節)と語ることができる人でした。「私の思ったとおりになるように」とか「私の願い通りにしてください」というのではなくて、「神さまの言葉どおりに、私の身に起こることがなりますように」と言うことができた。その言葉が語られるところに、救い主がお生まれになったのです。

『一人の祈り、みんなの願い』ルカによる福音書1章13~17節
礼拝メッセージ · 2022/12/04
エリサベトとザカリアは、不妊の女と口の利けない男という恥を受けていました。ヨハネと名づけられる子どもの誕生は、その「恥を取り去られる」出来事でした。神は私たちの恥を取り去ってくださる方です。イエスはその恥が取り去られるまで、私たちと共に恥を担ってくださいます。ザカリアとエリサベトの喜びと楽しみが、多くの人の喜びにつながっていったように、一人の祈りは、みんなの願いに向けて叶えられます。イザヤ書11章で語られたような、救い主が作り出す新しい世界に向けて、一人ひとりの祈りが叶えられていくという希望が、クリスマスの出来事には込められているのです。

『一緒に喜んでください』ルカによる福音書15章8~10節
礼拝メッセージ · 2022/07/24
ルカによる福音書15章には、失ったものを見つける三つのたとえが書かれています。それらのたとえは、失われた者を捜し求める神の姿を描いています。この世では軽んじられているような一人であっても、神にとっては決して失うことのできない存在であり、その一人のいのちが守られ、人間らしさを取り戻すことを一緒に喜ぶように、神は呼びかけておられます。

『一緒にごはんを食べよう』ルカによる福音書9章10~17節
礼拝メッセージ · 2022/07/17
私たちは激変の時代を生きています。世代によって世界観は明らかに違っています。日本では人口減少が始まっており、少子高齢化が急速に進んでいます。日本の多くの教会は、日本社会よりも少子高齢化が進んでいるので、なおのこと、この変化を実感させられます。 コロナのために、これまで当たり前だったことが変わってしまいましたが、これまでのようにできなくなることは、コロナが無くてもいずれやって来たことです。変わらなければ、終わりへと向かうだけ。そんな切迫感もありますが、むしろこのような時だからこそ変わることができる。今は、何かを変えていく大きなチャンスでもあるのです。…

『つながりこそ、喜びの道』ルカによる福音書12章29~34節
礼拝メッセージ · 2022/06/26
先週の日曜日には、ようやく牧師就任式を行うことができました。当日に向けて、また当日も一緒にこの日を迎えられ、奉仕することができたことを嬉しく思っています。全国から金沢に集っていただく、ということはできませんでしたが、富山小泉町教会や福井教会から多くの方に来ていただき、Zoomを通してたくさんの方が喜びを共にしてくださいました。金沢教会の中のつながりと、諸教会とのつながりを新たに確認するときとなりました。この日を備えてくださった主に感謝します。 私たちに与えられたつながりは、神の恵みであるということを、今回改めて感じました。一方で、この世界ではつながりが失われています。神とのつながり、人と人とのつながりは、私たちにとってどのようなものであったのか、考えてみたいと思います。

『向こうから救いが来ちゃった』ルカによる福音書19章1~10節
礼拝メッセージ · 2022/06/19
“ザアカイ物語”は、四つの福音書の中でも、『ルカによる福音書』にしか出てこない、しかもたった10節だけの短いお話です。ところが、聖書の物語を扱った絵本や紙芝居では、たいていこの“ザアカイ物語”は取り上げられます。きっとストーリーとしてわかりやすく、ザアカイのキャラクターが作り上げやすいからでしょう。そんな“悪人”だった彼が、心を入れ替えて“善人”になったので、そこで初めてイエス様が「救いがこの家に来た」と仰った・・・という構図が定着してしまったのかもしれません。そもそも、聖書にはザアカイが“心を入れ替えた”とすら書かれていないのです。…

『約束されていたもの』ルカによる福音書24章44~49節
礼拝メッセージ · 2022/04/17
今年もイエス・キリストの復活を祝うイースターを迎えました。イエスの死は、苦しみ、力を奪われた人に神の愛を告げたからこそ強いられたものでした。神の愛に抵抗する力は、昔も今も確かに存在します。けれどもイエスの復活は、死が終わりではないこと、神の愛は決して失われることがないことを告げています。日本社会の文脈では、このような希望は被差別部落からの解放を求めた水平社宣言の中にも込められています。闇の力が強く見える世界の中で、闇は光に勝たなかったという希望があることを、改めて確認したいと思います。

『飼い葉桶から始まる平和』ルカによる福音書2章8~20節
礼拝メッセージ · 2021/12/19
昨年は、新型コロナウイルスの感染が広がりつつある中でクリスマスを迎えました。今年はまだ終息はしていないものの、落ち着いた状況の中で迎えることができました。そうはいっても、世の中にはまだ恐れが消えていません。オミクロンと名づけられた新しい変異株に恐れを感じている方もおられるでしょう。 だからこそでしょうか。今年のアドベントでは、「恐れるな」という天使の呼びかけが心に残りました。ルカによる福音書では、天使はザカリアとマリア、そして羊飼いたちのところに来ました。天使の姿や言葉に恐れる彼ら・彼女らに向かって、天使は「恐れるな/恐れることはない」と告げました。そのように繰り返し告げられる「恐れるな」という呼び掛けが、私にも向けられているように思えたのです。…

『恐れなく主に仕える』ルカによる福音書1章67~79節
礼拝メッセージ · 2021/12/12
ザカリアは祭司であり、彼にはエリサベトというお連れ合いがいました。この二人の間に、後にバプテスマのヨハネと呼ばれることになる男の子が誕生します。彼はイエス様にバプテスマを授けた人として知られています。 ルカによる福音書では、ヨハネの誕生の経緯が、イエス様の誕生に至る経緯と対応するような形で描かれています。ただし、著者であるルカは、ヨハネ誕生の物語においても、救い主が誕生するということを指し示すように書いています。ザカリアの預言も、バプテスマのヨハネが行うことを語っていますが、その中心は救い主が訪れることにあります。ヨハネの誕生は、もちろんザカリアにとって大きな喜びでした。それでも、彼がここで神様を賛美するのは、救い主がこの世に送られるからなのです。…

『逆転人生』ルカによる福音書1章46~55節
礼拝メッセージ · 2021/12/05
イエス様の誕生に関わった人たちの中で、もっとも中心的な人物といえば、もちろんイエス様の母となったマリアです。今日の御言葉は、そのマリアが歌ったとされる賛歌です。イエス様誕生の物語では中心的な人物ですが、マリアはこの賛歌で自分のことを「身分の低いはしため」と呼びます。「はしため」とは召使いのような女性のことです。マリアが自分を「はしため」と言うのは、単に謙遜しているだけではなく、実際に彼女がそのような地位に置かれていたからでしょう。…

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